キャバオのブログ

仕事をください…泣泣

鬱の花

 

オリジナルの創作です。

今回はいつもの風俗レポとは違いエッチな描写はないんで、今手にしてるシコティッシュは環境のためにティッシュ箱に戻しましょう。

(環境に配慮できる俺、素直にカッケェな…)

 

 

 

[プロローグ]

いつからだろう、僕がこの植物に水をあげることが日課になっていたのは。

朝起きてまず水をあげ、昼飯を食べ終え水をあげ、夜寝る前にも決して水やりを欠かさない。しかし、待てど暮らせどその花は一向に咲かなかった。僕が死ぬその一瞬まで。

 

 

《本編》

 

冬も終わり、生き物を拒絶するかのように固く黙り込んでいた木々達に色がつき始め、様々な生き物が活気づくそんな初春の昼下がりとは対照的に鬱々とした気持ちの中、僕は飲みかけのマグカップを無造作に流しに放り投げ、小さな月5万円程度の何の変哲もないアパートを後に大学へと向かった。

 

 

僕は大学が嫌いだった。非凡な人間が社会に出るまでのモラトリアムをダラダラと過ごす空間程度の認識しかなかった。歌手、絵描き、ダンサー、俳優、何か自分に光るものがある人は大学なんて行かずに自分の道を歩み始める。そんなことの出来ない敗者の溜まり場。それが大学。勿論、大学で勉を学び大成する人も数多く居るが自分がその手の人間ではない事は大の勉強嫌いと言う性格が嫌という程証明していた。

 

半ば死人同然のように何のためになるかも分からない講義を受け終えた僕は、夕闇迫る家路を何かに導かれるように歩いていた。

 


「お兄さん、お花どうかな?」

 


突然背後から声がかかり、慌てて振り返るもそこに人影はなかった。人影の代わりに古びた花屋がポツリと、まるでその一角だけ時代から取り遺されたように建っていた。

普段ならば、花なんて全く興味のない自分だったが、空耳がその花屋へと僕の背中を押した。

 


店内は様々な花の匂い満ちていた。奥の棚には綺麗に献花された花束が添えられており、側面の棚には色取り取りの小鉢が小綺麗に並べられていた。

 


「いらっしゃい」そこの店主であろう白髪の老婆から声がかかった。声は掠れていた。

「どうも」そう形式的な返事を僕は返した。

「何かお探しかね」

「あ、いえ。ただ見ているだけです」僕は花を見ているフリをして答えた。

やはり、花への関心は微塵もなく早くこの店を立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。

買うそぶりをして買わなかった時の店主の失望やら悲しみを背負いたくはなかった。

 


店を立ち去ろうとした時、

「よいものがあるよ」老婆が僕に再びしゃがれた声で僕に呼びかける。

振り返ると老婆の両手の中には小さな土色の鉢があり、2cmばかりの小さな芽が土の上に伸びていた。

「何ですかこれ」僕は尋ねる

「植えた種の名をウッカリ忘れてしまった非売品の鉢じゃ。丁度処分に困ってた所だから貰ってくれんかの」老婆は僕に尋ねる。

「別にいいですよ」そう僕は愛想笑いを浮かべながら、鉢を受け取った。ただ無料で貰えるからと言うよりもどんな花が出るか少し気になったので軽い気持ちで承諾した。

 


2

  鉢を左脇に抱えて、自室のドアを開けると、彼女のミドリが丁度シチューを作っていた。

 


「おかえり」

「ただいま」僕は靴を脱ぎながら返事をした。

付き合って2年になるミドリとは同棲はしていないものの、こうしてたまに夜ご飯を作りに来てくれる。

「なにもってんの」シチューの鍋を混ぜながら僕に尋ねる。

「あーこれ、花屋の婆さんからタダで貰った」僕は鉢を部屋の隅に置きながら答えた。

 


「ガラじゃないね」ミドリが肩をすくめて笑った。

「少し芽が出てるんだけど、なんの植物がわかる?」僕は尋ねた。

「芽? 芽なんてどこにも出てないけど」

「いや、ここに少し、ほら出てるじゃん」そう僕が指をさし、芽に触れようとするも指先に芽が当たる感覚は感じ取れなかった。

「勉強のやり過ぎで疲れてんじゃないの。シチュー冷めないうちに食べてね。バイト遅れるからもう行くね」ミドリはそう言って無造作にカバンを肩にかけ部屋を出て行った。

 


ミドリとの その植物に対する認識の差は少しは気になったものの、すぐに忘れることができた。それくらい僕は植物に関心がなかった。

ミドリが作ってくれたシチューを食べ、シャワーを浴び終え就寝した。

 


その夜、老婆に貰った鉢から伸びた芽が首に絡む嫌な夢を見た。

 


それから約1週間、思い出した時に鉢に水をやっていたが芽は一向に伸びなかった。

 


ある朝、いつもと変わらずに大学に行く準備をしていると突然携帯が鳴った。表示されるのは090から始まる番号だけであり、電話帳に登録してる番号ではなかった。

ミドリの母からだった。

「ミドリが…ミドリが…亡くなりました」声にもならない声が小さな携帯の穴から空気のように漏れてくる。 

「えっ」僕は電話の主が放った言葉の意味を理解することが出来ずに慌てて聞き返した。

 


そこで僕はミドリの訃報を聞かされた。

死因は事故死だった。

 

あまりの突然の出来事に、悲しみよりも夢でも見ているかのような感覚に陥った。

そして数日後、ミドリの葬儀が執り行われた。荘厳な空気の中で、咽び泣きがこだまし、そしてそれがお経の声に調和し、まるで何かの生物のように空中で蠢いていた。

 


葬儀を終え自室に帰ると、10cmほど例の芽は急激に伸びていた。

 


葬儀を終えた後も、彼女の存在は僕の心の中で残留したが、しかし徐々に薄れていった。形見や生前の写真にいつまでも縋り付く滑稽さに比べたら、そのような形での彼女の記憶との別れは幾分かマシに思えた。そう、僕は冷たい人間だった。

 


ある日、大学の帰りに何の気なしに、鉢を貰った花屋へと足を運んだが、花屋があるべきはずの場所は綺麗な空き地になっていた。客足もなかったし、潰れたのだろうと一人納得して帰路へとついた。

 

 

ミドリの死後から2ヶ月後、当時の悲しみや虚無感は和らいだ気がしていた。少なくともそう信じていた。しかし、その確信は 心にぽっかりと空いた穴を埋めるのには余りにも弱々しいものだった。

 

それから僕はまるで廃人のような生活を送っていた。大学へと行く事は無くなり、その寂しさや鬱憤を紛らわす為に朝からパチンコ、そして風俗。貯金の残高が2桁になるまでそんな生活を続けていた。何のために生きているのか分からなかった。

まるでゴールのないリレーを永遠と走り続けているような感覚がずっと続いた。

そして、水をあげることもなくなったその例の植物は、まるで僕の生命力を吸い取っているかのように日に日に成長していった。

 


ある日、芽に一つの蕾が実った。嫌らしいまでに赤黒くて何か液体でも内包しているかのようなそれは、自分の重りに耐えきれずにこうべを垂れていた。

 


僕が自殺を決意したのは、ミドリと僕が好きだった海外のアーティストの自殺のニュースだった。生前、彼女は事あるごとにそのアーティストのライブに行きたいと嬉々として話していた。

早く死なないと彼女に追いつけない気がした。早く死なないと彼女が天国とかそう言うところに行ってしまって、もう二度と会えない感覚に苛まれた。彼女に追いついて、一緒にそのアーティストのライブを雲の上で見るのも、この今の生活と比べたら全く悪くはなかった。

 

そして僕は知り合いから金を借り、ホームセンターで練炭と七輪、そして薬局で睡眠導入剤を2瓶購入し、アパートへと戻った。

目の前にある七輪から練炭が焦げ、その煙がもたらす結果を考えることは凄く恐ろしかった。しかし、これから何十年と続く苦しみの絶望に比べれば、その黒々しい物体も自由への扉に感じられた。事前にネットで調べた通りに、部屋のドアや窓には煙が漏れないように入念にテープで目張りをした。

 

睡眠導入剤2瓶分をアルコールで一気に流し込んだ。胃の中でぶつかり合うくらいに大量に摂取した白のつるりとした錠剤は容赦なく睡魔のシャワーを脳天から浴びさせてきた。

薄れる記憶の中、一言

 


「さようなら」

 


僕は誰に対して言うわけでもなく、礼儀とか作法とかそう形容される日本人的な挨拶を呟き、七輪に入れた練炭に点火した。

嫌に白い煙が部屋中を満たし、呼吸するたびに胃や脳に白い煙が侵入してきた。

激しい頭痛と睡魔の中、僕はその白い雲に乗って光の道を進んだ。

 


浮かんで。

 


消えて。

 


また光って。

 


そして、芽の頂上に満開の毒々しい赤色の花が咲いた。刹那、硬直し始めている僕の頬にヒラリとひとひらの花びらが舞い落ちた。

 

 

#著者 お母さん